経営において「人が辞める」という現象ほどダメージの大きいものはありません。
スタッフの退職は単なる人員の減少にとどまらず、顧客の信頼を揺るがし、教育にかけた時間と投資を失わせ、残った社員の士気にも影響します。
私は経営をしていて常に感じるのは、**「人は給料だけで辞めるのではない」**ということです。もちろん待遇は大切ですが、働く理由はお金以上に「納得感」や「自己成長感」によって左右される。では、経営者はどうやってスタッフに「ここで働く理由」を設計していくべきなのか。今回はその視点を掘り下げていきます。
人はなぜ辞めるのか
よくある退職理由として挙がるのは「給与への不満」「人間関係」「将来が見えない」の三つです。
この中で、給与は短期的には不満の原因になりますが、長期的に人をつなぎ止める力にはなりません。むしろ「同じ仕事ならもっと給料が高いところに行こう」と考えれば、待遇競争には終わりがない。
一方、人間関係と将来像――ここが整っていれば、多少の給与差があっても人は残ります。つまり「働く理由」をどう設計するかが、流出を防ぐ最大のポイントなのです。
経営者が与えるべき「働く理由」
1. 成長の実感
「この会社で働くと自分が成長できる」と感じられること。
昇格の道筋や教育制度、スキルアップの仕組みを明確にすることで、スタッフは未来を描きやすくなります。
2. 認められる喜び
どんな人でも「認められたい」という欲求があります。成果を数字だけで判断するのではなく、プロセスや努力も評価する仕組みを持つことで「自分はここで必要とされている」と感じてもらえます。
3. 理念との共感
「この会社が大切にしている価値観に共感できる」ことは、長期的な定着に直結します。理念をただ掲げるだけではなく、日常の判断や会話の中で一貫して示すことが重要です。
私が現場で意識していること
経営の現場では「働く理由」を一度与えただけでは不十分です。人は日々揺れ動き、迷います。そのため、繰り返し示し続けることが必要です。
私自身が実践しているのは、
- 面談や日々の会話で「将来像」を何度も確認すること
- 教育の場を「評価」ではなく「一緒に成長する場」として捉えること
- 辛い時期に「君が必要だ」と真正面から伝えること
経営者にとっては当たり前のことでも、スタッフにとっては「辞めない理由」になることが多いのです。
「辞めさせない」ではなく「残りたい」と思わせる
ここで誤解してはいけないのは、経営者が「辞めさせない仕組み」をつくるのではないということ。
本質は、スタッフ自身が「残りたい」と思える理由を見つけられる環境を用意することです。
そのためには、会社のビジョンとスタッフ一人ひとりの人生の目標をすり合わせる作業が欠かせません。会社が目指す方向性の中に、自分の成長や夢が重なれば、人は自然と残るものです。
経営の覚悟としての「働く理由」設計
正道の経営では、短期的な離職防止策ではなく、長期的に「ここで働き続けたい」と思える仕組みを選びます。
そのために必要なのは、給与以上の「意味付け」です。
- この会社で自分はどんな成長ができるのか
- この組織の中でどんな役割を果たせるのか
- この理念に共感できるか
これらを一人ひとりに示し続けることが、経営者の役割です。
まとめ
人材流出を防ぐ鍵は「働く理由」の設計にあります。
給与だけでは人はつなぎ止められません。成長の実感、認められる喜び、理念への共感――これらが揃って初めて、人は長くその会社に残ります。
正道経営とは、ただ人を辞めさせないための工夫ではなく、「ここで働きたい」と心から思える理由を提供する経営です。
時間も手間もかかりますが、その積み重ねが最終的に「辞めない人材」「揺らがない組織」をつくり、長期的な信頼を築いていくのです。