経営の現場にいると、しばしば「結果が出ている経営」と「正しい経営」が必ずしも一致していない場面に出会います。ある会社は急速に成長しているように見えるのに、内部では人材の疲弊や離職が相次いでいる。別の会社は派手な広告や値下げで集客を伸ばしているものの、顧客満足度は低く、リピートがほとんどない。こうした経営の在り方を、私はあえて「邪道」と呼びます。
一方で、成長スピードは緩やかでも、社員が定着し、顧客が長年にわたって支持し続ける会社があります。これは売上や店舗数の拡大が目立たなくても、時間とともに確実に基盤を強化していく経営です。私はこれを「正道」と呼んでいます。
本稿では、「邪道」と「正道」の違いを明確に整理し、なぜ私が正道を選び続けるのかを掘り下げます。
邪道の経営とは何か
邪道とは「短期的な成果を優先し、長期的な信頼や持続性を犠牲にする経営」と定義できます。
多くの場合、目先の数字を伸ばすことには成功します。広告費を大量に投下すれば一時的に集客は増えますし、スタイリストを他社から引き抜けば即戦力は揃います。しかし、それは借金のようなものです。未来の信頼や内部の安定を犠牲にして、いま目に見える成果を前借りしているに過ぎません。
邪道の典型例としては以下のようなものがあります。
- 従業員を過剰に酷使し、短期間で売上を伸ばす
- 値下げや過剰なキャンペーンで一時的に顧客を集める
- 人材を他社から引き抜き、教育投資を省く
- 流行を追いかけ続け、理念や軸を持たない
一見すると「勢いがある」「伸びている」ように見えるのですが、実態は脆弱です。従業員は疲弊して辞め、顧客は長く定着せず、残るのは拡大のためにかけた大きなコストと、使い捨てのように扱われた人材の不満です。
正道の経営とは何か
正道とは「長期的な信頼を最優先し、利益や成長をその結果として積み上げる経営」です。
正道の経営では、短期的な売上増が望める施策でも、ブランドや組織文化を損なうなら実行しません。人を育てること、顧客との関係を大切にすること、無理のない資金計画で進むこと。これらを軸に判断を下します。
正道の実践例としては、以下が挙げられます。
- 人を外から奪うのではなく、自社で教育し育てる
- 値下げよりもサービスの質で顧客を惹きつける
- 拡大のスピードを追わず、社内体制が整ってから出店する
- 理念やビジョンを明文化し、それに沿った意思決定を行う
この道は決して派手ではありません。しかし、正道を歩む経営は「辞めない人材」と「離れない顧客」を積み重ね、年月とともに揺るぎない基盤を築きます。
邪道と正道の違いを整理する
ここで両者の違いを整理すると、次のようになります。
観点 | 邪道 | 正道 |
---|---|---|
人材 | 外から奪う/使い捨て | 内から育てる/長期的に活かす |
顧客 | 値下げ・誇張広告で集客 | 品質と信頼でリピート獲得 |
成長スピード | 急拡大 | 無理のない拡大 |
資金計画 | 借金や投資の前借り | キャッシュフロー重視 |
評価軸 | 数字・勢い | 信頼・継続性 |
長期的な結果 | 離職率増加・顧客離れ | 組織安定・顧客定着 |
なぜ邪道は魅力的に見えるのか
邪道の最大の強みは「短期間で成果が出る」ことです。
経営は数字で評価されやすいため、成長率や店舗数の増加は世間から注目を集めます。特にメディアは「急成長している会社」を好んで取り上げます。
しかし、実態を覗くと、従業員の定着率が低かったり、顧客が固定化していなかったりと、持続可能性に欠けているケースが多い。つまり、外から見える「勢い」と中身の「安定」は必ずしも一致しないのです。
正道を選ぶ難しさ
正道は時間がかかります。育成には数年単位が必要ですし、口コミで顧客が増えるには忍耐が要ります。そのため、短期的には「成長していない」と見られることもあるでしょう。競合が邪道で急成長しているときには、比較されて悔しい思いをすることもあります。
しかし、ここで焦って邪道に足を踏み入れると、これまで積み上げた信頼や文化を一瞬で失う危険があります。だからこそ、経営者自身が「正道を歩む理由」を強く持ち続ける必要があるのです。
正道が最終的に勝つ理由
- 人材が残る
人を育てる文化のある組織は、離職率が低い。人が残ればノウハウが蓄積し、顧客へのサービスの質も安定する。 - 顧客が離れない
短期的な値引きに頼らず、信頼関係でつながる顧客は長期的に残る。顧客が残れば、広告に大きな費用をかけなくても安定した売上が維持できる。 - 不況に強い
信頼を基盤にした経営は、一時的な経済変動にも耐えられる。急拡大した会社が縮小する中で、正道の会社は安定して生き残る。
まとめ
邪道と正道の違いは、「未来を犠牲にして今を取るか」「今を我慢して未来を積み上げるか」という判断の違いです。
邪道は短期的な注目を集めますが、いずれ崩壊します。正道は時間がかかりますが、崩れない基盤を築きます。
経営者として最も重要なのは、周囲の声や競合の勢いに流されず、自らが信じる道を歩む覚悟です。私はそれを「正道」と呼び、選び続けています。そして、この選択こそが、10年先、20年先に本当に意味のある成果を生むと信じています。